この本、イギリスのジャーナリストが、アマゾンの倉庫でのピックアップ作業、訪問介護、コールセンター、ウーバーのタクシー運転手という、「最底辺の労働」に自ら従事し、そこで得られる収入で生活した記録なのです。 著者は自身には「逃げ場」があり 「本物の貧困や底辺労働に陥っている人たちと同じではない」 と断りを入れていますが、これらの仕事の現場を知ると 「いまの我々が『便利』だとか『新しい時代の仕事』だと思い込んでいるものは、本当に人間を幸せにしているのだろうか」 と考え込まずにはいられなくなるのです。 世界金融危機のあと、自営業者が100万人以上も増えた。 週5時間働けば、(イギリス)政府が定義する「失業者」には含まれなくなる。 しかし、そのような仕事で家賃を払うのは至難の業だ。 たとえフルタイムの仕事に就いていたとしても、バラ色の未来が保証されているわけではない。 近年のイギリスで続く所得の減少は、ここ150年でもっとも長期にわたるものだ。 インターネットを利用して、自分が空いている時間に、好きなように稼ぐ……と言われると、なんだかとても自由で新しい働き方のような気がするのですが、著者の体験談を読んでいると、これは 「コンピューターがつくった『もっとも効率が良いスケジュール』に合わせて、安く買いたたかれた労働者が酷使されるシステム」 ではないのか、と考えずにはいられなくなるのです。 Amazonの商品が安いのは、その工場で働いている労働者の賃金が抑えられ、「何もしていない時間」が生じないように厳格に(あるいは、非人間的なまでに)スケジュール管理されている」からだし、介護の世界でも、「とにかくノルマをこなす」ために、きめ細やかな対象者とのふれあいは軽視されています。 現在の世界では「もっとも効率的かつ安価に仕事をこなすには、テクノロジーを利用するだけではなく、最低限の賃金で働いてくれる底辺労働者が必要不可欠」なのです。 そういう意味では、きついサービス業の人手不足が深刻な日本というのは「人間らしくない働き方を拒否している人が(現時点では)多い国」だとも言えるのでしょう。 いまのイギリスでは、これらの労働には、移民が従事していることが多く、著者は何度も「なぜイギリス人がこの仕事を?」と問われています。 中流階級の人々を驚かせるのは、悲惨で哀れな仕事そのものではなく、そのような仕事に就く者たちが示す態度のほうだ(そういった態度を引き起こす原因がしばしば陰鬱な仕事そのものにあるという事実はとりあえず置いておこう)。 ロンドンのオフィスという繭のなかで専門的な仕事をする中産階級の人々は、当然のようにこう考える。 労働者がジャンクフードと油と砂糖をたらふく食べるのは、彼らが怠惰で優柔不断だからにちがいない、と。 結局のところ、中流階級の人間が同じようなことをするのは、心が弱ったときか、あるいはカロリー計算をきっちりしたときだけだ。 つまり、彼らは自分が食べるに値すると感じたとき、チョコレートバーやケーキで自らにご褒美を与える。 それは人生の上に置かれたサクランボであり、砂糖による激励を意味する合理的な決断だ。 一方、労働者階級の人々は、現実からの感情的な逃げ道として脂っこいポテトチップスを買う。 ある午後にニルマールが私に言ったように、「この仕事をしていると無性に酒が飲みたくなる」のだ。 まったくそのとおりだった。 アマゾンの倉庫での仕事は、肉体的にきついだけでなく、精神的にもうんざりするものだった。 1日の終わり、赤く腫れて熱を帯びた足に絆創膏が必要なのと同じように、この仕事には感情のための緩和剤が必要だった。 専門的な仕事にはたいていなんらかの楽しい側面があるものだが、アマゾンの倉庫のような社会の底辺で働くのはまったく楽しいものではなかった。 ランチには30分の時間が割り当てられていたものの、事実上、ゆっくりできるのはその半分の時間だけだった。 食堂にたどり着き、飢えた労働者たちの群衆を押し分けて進み、食事を手にするまでにすでに15分経過。 残りの15分で食事を胃に流し込み、遠く離れた倉庫まで歩いて戻らなくてはいけない。 自分の持ち場に戻ると、決まって2、3人のイギリス人マネージャーが待ち構え、腕時計を指差すような仕草をして立っていた。 30秒でも遅れたスタッフがいると、彼らは居丈高に喚き散らした。 「あれれれ、今日のランチ休憩は延長ですか?」 「こっちは、きみたちが無駄話をするために金を払っているわけじゃないんだぞ」 これが、世界最大の小売業者であるアマゾンでの日々だった。 スタッフォードシャーのルージリーという小さな町に建つ巨大な配送センターのなかで、私は「オーダー・ピッカー」として働いた。 倉庫では総勢1200人ほどが働いていた。 同僚たちの大半は東欧から来た人々で、そのほとんどがルーマニア人だった。 向上心がない、自己管理ができない人間だから、こんな仕事にしか就けないんだ、と「自己責任」という言葉に加担したくなるのだけれど、著者の体験談を読んでいると、単調で過酷な労働というのは、人間から判断力とか将来を見据えた計画性を奪っていくということがよくわかります。 そういえば、人気漫画『カイジ』で借金のカタに働かされていた人たちも、まさにこんな感じで、せっかく稼いだなけなしの給料を、ビールやつまみなどの「一時の快楽」のために使っていたのだよなあ。 (出典:賭博破戒録カイジ 1巻) 彼らは、思慮が足りないからああいう行動をとるのではなく、ああせずにはいられない精神状態になっている、ということなのか…… 底辺労働者たちは、栄養のバランスがとれた食生活をする気力もなくなり、身体をこわしてリタイアしていきます。 そして、報われないのは、金銭面だけではないのです。 著者が「ウーバー」の運転手として働いていたときの話です。 ウーバーによる管理は、乗客とドライバーの評価システムを通してさらに徹底されていた。 すべての旅程の終わりに、ドライバーと乗客は1~5つ星で互いを評価することができる。 ウーバーは、各ドライバーに与えられた星の平均値を注意深くモニターした。 すべてのドライバーにはまず、自動的に5つ星の評価が与えられる。 適切に行動するかぎり、その評価を短期的に保つのはそれほどむずかしいことではなかった。 たとえば、「良い車」「車内の設備がいい」などという評価だ。 ときに、渋滞のせいで迎えの時間に遅れると、客が怒り出すこともあった。 あるいは、乗客が誤った居場所をアプリに入力し、迎えにいったときにその場にいないことがあったが、それもドライバーのせいにされた。 さらには、侮辱的な態度を取る乗客もいた。 そのような乗客は決まって、経済階層のより下にいる人々を侮辱することに大きな楽しみを見いだす人種だった。 女王が依然として王位に君臨し、ロンドン証券取引所が毎朝取引を行っているように、変わらずタクシー・ドライバーを罵る人々がいた。 ときには、車のドアを開けたとたんに怒鳴って命令してくる客もいた。 彼らはドライバーと一緒に会話を楽しむのではなく、一方的に話すのを望んでおり、相手が必要最小限の役割を担うことを求めていた。 彼らの声量は車内で数デシベル上がるが、ドライバーの声量はもう少し下げるべきだという無言の圧が伝わってきた。 ウーバーのドライバーとして働くときの問題は、自分が対等な立場として扱われないことだけではなかった。 それはこの種の仕事ではよくあることだった。 驚くべきは、人々がドライバーに完全なる服従を求めてくることだった。 これまで経験してきた仕事のなかでも、これほどの威圧感を覚えたことはなかった。 「乗客はあなた方ドライバーの顧客です」とウーバーは言うことを好んだが、「ウーバーの顧客」と表現したほうが正しいように感じられた。 僕はタクシーに乗るのが苦手で、その理由としては、たまに、あまりにも自己主張が強くて話好きな運転手さんにあたってしまうから、なんですよ。 怒鳴り散らしたり自分のミスをドライバーのせいにしたりする客というのは最悪だけれど、タクシードライバーの側にも、こんなにストレスがかかっているのか……と驚きました。 ウーバーのドライバーに関しては、お客を自分で選べないというのも含めて、かなりつらそうではありますが、うまくやれば「それなりに稼げる」ような感じで、向いている人には、悪くない仕事ではないか、とも感じたのです。 多くの人が、インターネットのおかげで、効率的に時間を使えるようになったし、いろんなサービスを安く受けられるようになりました。 しかしながら、その現場で働く人間にとっては「もっとも効率的に、安上がりになるように、歯車として組み合わされて単調な仕事をさせられている」のです。 これから、知的労働がどんどんAI(人工知能)のものになっていけば、働き方の格差はどんどん広がっていくことになりますし、一部の超エリートを除けば、ここに書かれているような仕事しかなくなってしまうかもしれません。 そうなると、計画性や人生設計も失われて、どんどん人間は「退化」していくのではなかろうか…… 興味を持たれた方は、ぜひ読んでみてください。 高度に進化したネット社会は、奴隷制に近づいていくのではないか、そう考えずにはいられなくなります。 webライターになってみたもののネット界の現状に鬱々としている人、企業のオウンドメディアのライティング担当となったが何を書いたらよいのかさっぱりの人、、SEOライティングでそこそこ稼いでるんだけど本当にこんなんでいいの?と思っている人、 悩めるwebライター及びwebメディア編集担当の方に向けて、本当に役に立つ愛のある(添削つき!)ライティング講座です。 オウンドメディアの役割とは?(30分) ・オウンドメディアの成果とは何か? 2. オウンドメディアに求められるコンテンツとは(90分) ・成果の出るコンテンツとは? ・Webで多くのユーザーが集まる記事とは? ・バズ記事の事例 3. 添削課題の講評(60分) ・事前に課題を出してもらい添削したものを講評 5. 【定員】 各会10名 【参加費】 5万円(セミナー参加費3. 【著者プロフィール】 著者: fujipon 読書感想ブログ『琥珀色の戯言』、瞑想・迷走しつづけている雑記『いつか電池がきれるまで』を書きつづけている、「 人生の折り返し点を過ぎたことにようやく気づいてしまった」 ネット中毒の40代内科医です。
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そうですね、私はうつで一時的に家事や雑用から解放されるために入院したことがありますが、見ていて完全におかしいと思った人は、 1)一日中休まず何かぶつぶつ言っている人。 何を言っているのかわからない。 コミュニケーション能力全くなし。 2)同じ質問を何回も繰り返す人。 例えばどこに住んでいるのですか?と聞いて答えるとまたどこにすんでいるのですか?と 聞いてくる。 3)踊る人。 何も言わずに腕をあげてくるりと回る。 完全におかしいと思いました。 その方は総合病院から専門の病院に移されました。 見ていて恐ろしかったです。 人間ここまでになるのかって。 映画のようにわめいたり、異常な性格の人はいませんでした。 ほとんどは普通の人。 上の人達はごく一部です。 私は今は完全回復し、以前より前向きに生きていますが、この経験は忘れそうにありません。 発狂にもいろいろあって クスリ過剰にやらかしたときみたいな 誰もいないのに誰かが話しかける 誰かと会話している 頭の中の考えがまとまらずに口にだけ出す 誰かが殺しに来る みんな俺を見ている等 又、キヤァアアアとかヒウィシーーァとか 言葉も「あ」と「え」の中間の音を発したような奇声を上げながら強く頭を振って 腕を上や前などに力いっぱい振り回して 時々頭をかきむしり 強く顔をたたき 突然 わかったからぁとか 直ぐ 直ぐにやるんだとか 人にもわかる言葉で一人会話を発する。 感情の暴走だと 涙を流して奇声を上げてる最中に 目をあさっての方向に向け 鼻水を流しながら なんども小刻みにジャンプしながら ンフゥンフゥと口だけ笑い始めて 顔を何度も手でコネクリ回しながら鼻息荒げて今度は突然地面をこぶしでたたいて怒り 上を向きながら 口を大きく開けてまたなき始めたり とりあえず喉から血が出るまで大きな声でアかギかの中間の音を大きな声で叫んで 体を床に伏せて全身をたたきつけるかな 初期症状は あとスリッパを強く噛んでで時々歯が欠けて血の混じった泡を口からプクプク出して つっかけのつなぎ目とソール噛み千切ったりするのもポイント 中学校のとき特殊学級の子が、直ぐそばのワシらのクラスに2.3日に一度は 引き戸の入り口の扉押し倒して乱入しては こんなことしてたよ。 しばらく校庭で騒いで救急車へ拘束されて しばらくしたらギプスと 拘束具とヘッドギアをつけられ返ってきた。 それ以来隣の教室からときどき オーーーギーーーオギーーと奇声と縛られた何かから 抜け出すような壁を引っ張る振動はあったけど 教室への乱入はなかった。 「悩みが多くて気が狂いそう」とか、「絶望で気が狂いそう」なんて言う人はいますが、皆さん自分が正常であることを前提しているでしょう。 このサイトでも「発狂しそう」って書く人はいますが正常なのでしょう。 でも、もしかすると既に発狂している? たぶん、『人間が発狂した状態』では本人は正常と思っているのでしょう。 他人から見たら異常ということです。 人間ってうまく出来ているようです。 まぁ、「正常とは何か」って議論も出来ますね。 」って言われているかもしれない。 だ~れも決められないってことでしょう。 ひとつだけ、友人の医師に聞いた面白い話。 精神科の入院患者の中には自分が医者であると思い込んでいる人もいるそうですし、精神科の医師で自分自身が異常になっちゃった人もいるということです。 そうなるとどっちが医師でどっちが患者? A ベストアンサー 私は、とにかく休息しました。 ひたすら休息して、家の中でボーとしたりできる時は 散歩をしました。 そして、春になって光療法と散歩で徐々に良くなって いくのを感じました。 正直、抗うつ剤などは全く効いて いませんでした。 夜はまったく寝た気がせず、午後に昼寝をしようとしても 半分意識のある状態でしか寝られないため、強烈な不快感に 悶え苦しんでいました。 睡眠剤は半年で効かなくなり、 あらゆる治療法を試しましたがどれも効果が無く、 睡眠障害には特に苦しみました。 いろいろ試しましたが、光療法が少し睡眠を楽にしてくれました。 下記のサイトにいろいろと情報が出ております。 うつ病のかたが 実際に光療法をやられた結果がでているので参考になります。 効果はいろいろみたいですが。 lighttherapy. lighttherapy. html でも、私の場合、浮き沈みの激しいうつ病の回復時期に、 散歩と併せて光療法行うことによって、徐々に生活リズムを 整えることができたと実感しています。 調子が良い時に 使用するとさらに調子が良くなる感じでした。 少しでも参考になれば。 lighttherapy. lighttherapy. html 私は、とにかく休息しました。 ひたすら休息して、家の中でボーとしたりできる時は 散歩をしました。 そして、春になって光療法と散歩で徐々に良くなって いくのを感じました。 正直、抗うつ剤などは全く効いて いませんでした。 夜はまったく寝た気がせず、午後に昼寝をしようとしても 半分意識のある状態でしか寝られないため、強烈な不快感に 悶え苦しんでいました。 睡眠剤は半年で効かなくなり、 あらゆる治療法を試しましたがどれも効果が無く、 睡眠障害には特に苦しみました。 いろいろ試し... Q うつ病の入院する目安は・・・ うつ病で入院した事がある方、詳しい方のみ回答お願いします。 うつ病で入院する目安は、どのぐらいでしょうか?入院した事のある方は、その間どんな治療をしたか、どんな生活を送っていましたか? うつ病になって、2年になります。 通院していますが、薬が効いているのかわかりません。 人にイライラしだすと、止まらなくなる事があります。 食事は自分で作れないので最低限だけは食べています。 家事はできる日もありますが、できない日が多いです。 1度入院した方がいいと、私の母はいうのですが、何の知識もなく言っています。 医者に入院したいと言ってできるものですか?一人寝ていれば、心穏やかに過ごせる日も多いです。 うつで、入院された方の実体験など、どのぐらいの症状で入院になるかなど教えてください。 A ベストアンサー ウツで入院歴のある、既に完治済みの経験者です。 パソコンが使えるような状況ではおそらく重傷と言うほどではないかと思います(経験から)。 でも今の状況を打開するためにそれも可能性として考えてみたいのでしょうね。 何かを試してみるのはとても良いことですよ。 どこから、状況が打開されるかわからないし 色々試すことであなた自身の思考や発想も幅広くなることもあるから。 入院には「強制入院」と「任意入院」があります。 強制入院とは医師の判断で拒否権も何もなく行われる入院です(かなりの重傷者ですね)。 任意入院は本人の希望で行われる入院です。 私の場合は任意入院でした。 理由は家族を攻撃(言葉の暴力とか)して家庭を壊しかねない 状況とちょっと深刻な身体状況であったため。 医師に相談してみてください。 医師があなたの考えや判断に一理あると思えば 入院する病院を探してベットを確保してくれるはずです。 任意入院は入院するのも任意であれば退院するのも任意で行うことができます。 医師の判断なく、退院しますと言って退院することが可能です(わたしがそうでした)。 入院生活は規則正しい生活というのがもっとも合う表現です。 どんなに体がきつくても眠くても食事の時は起きて食べないといけないし、薬も飲むまでしっかり チェックされる。 持ち物も普通の入院以上に規制される(自殺の危険性などを考慮して)。 他の患者もいるのでそちらの方面でイライラすることもある。 医師は思いの外何もしてくれない(状況観察が大切なので)。 私の経験では返って疲れましたね。 廊下に鳴り響くTVの音や、同室の患者の症状など。 何かを期待し求めるならきっとそれは肩すかしを食らったように感じると思います。 入院期間は人それぞれです。 任意入院は特に。 私など2週間で退院しました。 意味がないと思ったので。 それでもやってみるのも悪くないと思いますよ。 冒頭に書いたように、今の状況を打開 するにはなにかを試し続け、自分の固まった思考や発想を変えていく必要があるのですから。 何か聞きたいことがあれば質問をください。 答えられる限り、経験からお返事します。 ウツで入院歴のある、既に完治済みの経験者です。 パソコンが使えるような状況ではおそらく重傷と言うほどではないかと思います(経験から)。 でも今の状況を打開するためにそれも可能性として考えてみたいのでしょうね。 何かを試してみるのはとても良いことですよ。 どこから、状況が打開されるかわからないし 色々試すことであなた自身の思考や発想も幅広くなることもあるから。 入院には「強制入院」と「任意入院」があります。 強制入院とは医師の判断で拒否権も何もなく行われる入院です(かなりの重傷者... Q 毎日何もする気が起きません 毎日好きなだけ寝て、食べたいときに食べて と繰り返しております 数年前に夢見た生活だったのですが 実現したら地獄のようです このような生活ができるのは貯金のおかげなのですが 貯金は使えば当然無くなります 将来が不安で不安で仕方ないです 毎日好きなだけ寝ていると言うのが問題だと思います でも頑張って起きてまでしたい事がありません 毎日昼過ぎには起きるのですが 起床時間は一定しておりません 夕方頃になると頭がガンガンして何もする気になれません 夜12時以降起きていると あまりの寂しさに死にたくなるので 睡眠導入剤を飲んで無理矢理睡眠に入ります 「仕事をした方が良い」と勧められる事もありますが どうしてもしたくありません 友人もほとんどいません 毎日死にたいと考える時間が多くなってきました これは完全に鬱ですよね? 病院にも行きました、薬も色々貰いましたが 全く役に立ちません なぜなら朝ひたすら眠り続けるという習慣だけは 薬で改善出来ませんからね 何もやる気がしないというのは 自分自身で考えた結果 ひたすら寝続けると言うのが原因なのでは? と思いますがいかがでしょうか?? 一つだけ人生の中で興味のある分野が英会話です これだけはどんなに頭がおかしくても 余裕のあるときに練習しておりますが 一人で勉強していると寂しくて死にそうになるし、 一緒に励まし合う仲間が欲しいため 有名な英語学校に行ったりもしますが 費用がバカみたいに高くて バリバリ毎日打ち込めるほど通えるという訳ではありません 長くなってしまいましたが このように何もしたくないというのは 長すぎる睡眠に原因がある物なのでしょうか?? ご存じの方いらっしゃいましたら 教えてください よろしくお願いします 毎日何もする気が起きません 毎日好きなだけ寝て、食べたいときに食べて と繰り返しております 数年前に夢見た生活だったのですが 実現したら地獄のようです このような生活ができるのは貯金のおかげなのですが 貯金は使えば当然無くなります 将来が不安で不安で仕方ないです 毎日好きなだけ寝ていると言うのが問題だと思います でも頑張って起きてまでしたい事がありません 毎日昼過ぎには起きるのですが 起床時間は一定しておりません 夕方頃になると頭がガンガンして何もする気になれ... A ベストアンサー 私も朝ひどい苦痛があって起きれない・いくら眠っても疲れが取れない・気力が湧かないなどの症状があったのですが、「低血糖症」という病気があることを知り、その病気の検査・治療をおこなう病院で検査(非常に詳しい血液検査)してもらったところ、該当していました。 「低血糖症」とは、食生活やストレス、先天的体質などが引き金となって、すい臓や副腎が疲労し、神経伝達系や自律神経に不調をきたすというものです。 精神的にも身体的にもさまざまな不調が起こります。 うつ病と重複する症状も多いです。 低血糖症のメカニズムの説明は、こちらが分かりやすいかなと思います。 dion. html もし該当するようであれば、このリンク先に書かれてあるようなことを、できる範囲ででも気をつければ、つらい症状の緩和が期待できると思います。 (効果が感じられるまでに、数ヶ月は見てください) それと、寝る前にぬるめに温めた牛乳にきな粉を溶いたものを飲むのも良いです(目覚め時に低血糖が起こるのを防ぎます。 これも数ヶ月は実施が必要です。 ) おやつには、ナッツ類(カロリーが高いので、食べ過ぎないように)や、豆腐などタンパク質を摂るのが良いとのことです。 なお、この病気の治療には、適度な運動(日光を浴びてメラトニンやセロトニンの生成を促す。 筋力アップでエネルギーを貯えられる体にする)も重視されます。 疲れすぎている場合は、10分ほどブラッと散歩するくらいから初めて下さい。 低血糖症の検査は、朝から夕方まで5時間かけて9回の採血と採尿を行い、医師にとっても非常に手のかかるものであるため、実施してくれる病院は非常に限られる様子です。 一応、私が把握している病院のリンクを貼っておきますね。 (千葉県の内科 【遠方者対応あり】精神科等と並行して受診する患者さんもあるということです。 mariyaclinic. yaesu-clinic. shinjuku-clinic. 通院が無理という場合でも、食生活にはぜひお気をつけくださいね。 私の場合は、治療開始2ヶ月ほどで朝起きられるようになり、昼も眠くならなくなりました(まだ治療の途中です)。 過睡眠には10年以上悩んだのですがね。 私も朝ひどい苦痛があって起きれない・いくら眠っても疲れが取れない・気力が湧かないなどの症状があったのですが、「低血糖症」という病気があることを知り、その病気の検査・治療をおこなう病院で検査(非常に詳しい血液検査)してもらったところ、該当していました。 「低血糖症」とは、食生活やストレス、先天的体質などが引き金となって、すい臓や副腎が疲労し、神経伝達系や自律神経に不調をきたすというものです。 精神的にも身体的にもさまざまな不調が起こります。 うつ病と重複する症状も多いです。 A ベストアンサー はじめまして、私もうつ病経験者です。 私の経験から言って貴方は「鬱 うつ 」では有りません。 鬱の人は、決して人を傷つけようとする行為は絶対しません。 自分を責め、無気力、虚脱感、怠惰感、倦怠感、何を食べても美味しくない、漫才、コント、などを見たり、聞いたりしても全ったく面白くない、何に対しても興味が無くなる、 要するに笑うということが出来ないのです、夜も熟睡できない、朝起きても、さっぱりしない 病院に行っていると言っていますが、大学病院、総合病院、それとも近くの開業医? ユーパン2錠とありますが、その薬は抗鬱剤ですか? もし、そうでなかったら、大きな病院で専門医 神経内科、精神科など 病名を特定しそれに見合った治療が必要かと思われます。 セカンド・オピニオンとしても診察を受ける 「ノイローゼ」「神経症」と診断される事もあねかも知れません。 ちなみに、私の飲んでる薬は、ミンザイン錠0. 25mg 一日2錠 、エリミン錠 5mg一日一錠 、レキソタン錠5mg 一日一錠 、デプロメール錠25mg 朝2錠、夜2錠 、コンスタン錠0. 4mg 朝、夕各2錠 最初の頃はこれ以上の量を飲む様に先生から処方され飲んでいました いわゆる薬漬け が、3ケ月経ってから現在の量になり今は大分落ち着いています。 先生からも、もう少しだと言われ元気を取り戻しつつある状態です。 いずれにせよ、心の病は外傷と違って非常に完治に時間が掛かる病気です、焦らずゆっくり少しづつ治しましょう 失礼! この言葉は先生からの受けうりです お互いがんばりましょう!! はじめまして、私もうつ病経験者です。 私の経験から言って貴方は「鬱 うつ 」では有りません。 鬱の人は、決して人を傷つけようとする行為は絶対しません。 自分を責め、無気力、虚脱感、怠惰感、倦怠感、何を食べても美味しくない、漫才、コント、などを見たり、聞いたりしても全ったく面白くない、何に対しても興味が無くなる、 要するに笑うということが出来ないのです、夜も熟睡できない、朝起きても、さっぱりしない 病院に行っていると言っていますが、大学病院、総合病院、それとも近くの開業医? ユーパ... Q 旦那は約5年前から鬱病を発症(それ以前からも怪しかったですが)。 ずっと心療内科に通っています。 2年前ぐらいがひどい時期(何度か自殺未遂、約1ヶ月休職も3回ぐらい)だったのですが、現在は「死にたい」と言う事も無く、以前と比べると落ち着いている感じです。 クヨクヨと「自分はなんで(仕事が)出来ないんだ」等、ブツブツ言ってますが。 ちなみに・・・旦那の欝の原因は旦那の母親で、アダルトチルドレンです。 今は距離を置いて実家との付き合いをしているので、大丈夫な感じです。 さて・・・今の旦那は「母親」という大きな呪縛からもちょっとは解かれ、鬱の回復期(?)だと思うのですが、私への依存が強く、自己中な考え方、幼少期に母親にかまってもらえなかったからか、私への 要求だらけでもううんざりです。 旦那の母親は、診療科の先生に言わせると、境界型パーソナリティ障害だと思われる人だそうです。 旦那も少し(いや大分?)境界型の性格です。 「死ぬ」とほのめかしていた頃は、必死で死んでは駄目だと支え(その間3人の子供の精神安定をフォローするのも大変でした)、夜どこかへ行ってしまった旦那を必死で探したり、休職した際も、私がかなりハードに働き、それはもう、クタクタでへとへとで大変でした。 「しっかりしろよ!」と言いたいけど、旦那に言うと、「どうせ俺は出来ないんだ」と、また暗く落ち込むので本人に喝を入れるとか、本音でガンガントークが出来ません(また死ぬって言われたら嫌だし) 正直、旦那の愚痴を聞くのも嫌で、巻き込まないで欲しいと思っています。 愛は無いけど情はある。 といった気持ちです。 子供がまだ中学生と小学生なので、大人になるまでは辛抱・・・と思っていましたが、こんな旦那、どうあしらったらいいか・・・私だけが我慢しているようで、「割に合わない」と考えてしまいます。 寝る前に暗い話(どうして俺はこうなんだろう・・・こんな僕はいや?等)をするので、隣で寝るのが嫌になり、今は一緒に寝ていません。 (娘が旦那と寝ています) それについても、今朝、「娘が僕と一緒に寝たいから替わったわけ?それとも僕と一緒に寝るのが嫌なん?」と聞いてきたので、正直に「娘はパパと寝たいって言ってる。 私はそもそも1人で寝たいタイプだし、寝る前にグチグチ暗い話しないのなら、また一緒に寝てもいいけど。 」と言ってやりました。 するともう・・・またキレて暗くなりはぶてた様子・・・ 自分の思うようにならないと、すねたり、はぶてたり、暴言を吐いたりする旦那。 朝からため息ばかりつかれ、周りがどんなに気を使っているか、分かって無いんでしょうか? よくキレていたので、正直ビクビクしています。 こんなの普通の夫婦関係じゃないですよね?とにかく毎日疲れます。 鬱だから・・・といって一番身近な妻である私に辛い思いをさせて平気なのでしょうか? 「どうしたらいい?」としょっちゅう職場からも電話があり、アドバイスしても結局は聞き入れてもらえず、勝手に落ち込んでいる旦那。 振り回すだけ振り回しといて、「僕の事嫌いになった?」などと甘えて聞いてくる神経がわけ分かりません。 私はひとつも旦那に(精神的に)支えてもらっておらず、心安らぐ事が無いです。 顔を見るのも嫌になっています。 愚痴になってしまいました。 すみません。 私のような方、他にもおられるのでしょうか?私が心療内科に相談した方がいいのでしょうか? 毎日が辛いです。 旦那は約5年前から鬱病を発症(それ以前からも怪しかったですが)。 ずっと心療内科に通っています。 2年前ぐらいがひどい時期(何度か自殺未遂、約1ヶ月休職も3回ぐらい)だったのですが、現在は「死にたい」と言う事も無く、以前と比べると落ち着いている感じです。 クヨクヨと「自分はなんで(仕事が)出来ないんだ」等、ブツブツ言ってますが。 ちなみに・・・旦那の欝の原因は旦那の母親で、アダルトチルドレンです。 今は距離を置いて実家との付き合いをしているので、大丈夫な感じです。 さて・・・今の旦... A ベストアンサー うちの主人も7年間うつ病です。 休職を1年半しました。 まだまともに出勤できません。 私も最初の2年ほどは、暖かく見守り、支えてきましたが、 3年もすぎると自分の心がどんどんささくれてくるのがわかりました。 で、私の対策ですが、 ・旦那に対する期待値を下げる(期待しなければ失望もしない) ・旦那は生きているだけでヨシとする。 致命的な大病じゃなくって良かったと思いこむ。 ・旦那の甘えは受け止めつつ、エスカレートしないように適度に受け流す。 否定は絶対にしない。 ・子供は無条件にパパが好きなのでそれは推奨する ・自分が旦那の近くにいるだけでイライラするような状況になったら 自分のキャパが減っていると言う事なので、自分のケアに専念して黒い気持ちの浄化に努める ・旦那の話が多い人からは距離を置く(ノロケ話満載のママ友は絶縁) ・できるだけ独身の友達と会う(違う世界だから気分展開になる) ・離婚するかどうか考えて、しないと決めたら腹をくくってこの状況を受け止める。 ・心の処方箋になるような本を心の親友として持ち、時々ひもといて心の浄化につとめる ・同じことは二度考えないようにする ・鬱の人は自分のことで精一杯。 思いやりや協力を求めない ・奥さんがしっかりしすぎていると旦那さんの立場がますますなくなるようなので、 自分もがんばらない ・旦那のプライドは傷つけない ・あまり気を使わない。 私も一時期は旦那の半径1メートル以内に近寄るのも嫌でした。 何か生理的に嫌になったんです。 重荷としか思えなくなったこともあります。 進学も就職も順調だったのに、結婚が人生一番の失敗だったと愕然としたこともあります。 お子さんが3人もいてうらやましいです。 頑張っているママを誰よりも理解してくれる仲間がたくさんいるじゃないですか。 うちは一人っ子です。 で・・・・私はカウンセリングには行ってますが、とても頼りになります。 質問者様は疲れているだけなので、心療内科は行かなくてもいいように私は思いました。 質問者様は私よりもずっとずっとがんばっていらっしゃって、 旦那様のグチも聞いて(私はだいたいスルーするほうが多いかも!) 働いて本当にすごいと思います。 私だったら家出してます(私も1回家出しましたが。 子供が泣いて家に帰りたいと言うので帰りました)。 とにかくうつ病は長いんです。 重苦しいんです。 いつ治るのか治らないのか先が見えないし、 努力しても看病しても、さっぱり手ごたえがなくむなしいのです。 しかも世間には軽く見られるのです。 しかしこれも運命なのです。 どうかご自分の心のケアをして、いい人生を送られますよう。 私もまだ希望を持ってます。 うちの主人も7年間うつ病です。 休職を1年半しました。 まだまともに出勤できません。 私も最初の2年ほどは、暖かく見守り、支えてきましたが、 3年もすぎると自分の心がどんどんささくれてくるのがわかりました。 で、私の対策ですが、 ・旦那に対する期待値を下げる(期待しなければ失望もしない) ・旦那は生きているだけでヨシとする。 致命的な大病じゃなくって良かったと思いこむ。 ・旦那の甘えは受け止めつつ、エスカレートしないように適度に受け流す。 否定は絶対にしない。 ・子供は無条件にパパが好... Q 週休2日制(土日休み)の仕事をしており、金曜日が来ると「よし、この2日はこんなことしよう!」と色々計画を立てるのですが、何一つ実行できません。 まず、朝、起きることができません。 昼、なんとか起きて食事を作るものの食べたら、次の行動を起こせないんです。 例えば、友達と約束をしていても外出することができません。 休みなんだから無理しない』と考えて、ベットに横たわると、夜になっています。 つまり、土日はまるまる2日、ほとんど寝ているんです。 熱はないし、食欲がない、いくらでも眠れる・・・という感じで、とにかく衰弱してるんです。 今日も20時間ほど、トイレもいかずに寝ていました。 月曜日になると、朝6時に起きて、始業時刻の1時間前には出勤し、12時間以上働いて帰宅します。 平日はこの調子で金曜まで元気いっぱいです。 でも、この土日になると、とたんに無気力になり何にもできないんです。 世間には、私のような人はいらっしゃらないでしょうか?ほんとに怖いくらい無気力になってしまうんですが、これって、病気ではないでしょうか? 週休2日制(土日休み)の仕事をしており、金曜日が来ると「よし、この2日はこんなことしよう!」と色々計画を立てるのですが、何一つ実行できません。 まず、朝、起きることができません。 昼、なんとか起きて食事を作るものの食べたら、次の行動を起こせないんです。 例えば、友達と約束をしていても外出することができません。 休みなんだから無理しない』と考えて、ベットに横たわると、夜になっています。 Q うつ病って要は、本人の怠惰さからきているものではないんですか? 怠けたい・・・面倒くさい・・・「病気」と言うより、「甘え」という感じがします。 誰だって、仕事は休みたいと思うものです。 うつ病と本人が主張すれば、仕事も休め、周囲も気遣ってくれるわけです。 作りやすい逃げ道にも思えます。 うつを主張している方々にも本当に重篤な心の病として苦しんでいる方がいるというのは理解できます。 こんなことを書けば、病気の本人や、そういった方々のケアにあたっている方々にとても失礼だとも自覚していますし、申し訳ないと思います。 ただ、全ての方が本当に病気なのでしょうか。 単なる甘えなのか病気なのか。 私は、ここ最近ずっと無気力、不快感、嘔気、頭痛、全身倦怠感などに悩まされています。 死にたいと思うこともあります。 朝は中々起きれず、仕事に行きたくないというのは毎日です。 人間関係にも悩み、人と話すことにストレスを感じます。 一日中、何もせず何も考えず、布団にくるまっていたいと思うのです。 周囲からうつ病の可能性を指摘され、臨床心理士の方にカウンセリングをお願いしたところ、テストではうつ傾向が出ていました。 しかし「私は自分に甘えているだけなのかもしれない」と思うようになりました。 誰だって悩みはあり、滅入ることもある、これがうつであれば、ほとんどの人間がうつにあてはまるような気がします。 「うつ」と「甘え」の境界線がわからないのです。 私自身、うつであれば然るべき医療機関において適切な治療を受けたいです。 また、甘えと錯覚する場合があるなら、自分自身に喝を入れ、仕事に集中しなければなりません。 「うつ」に対して敏感になっている世の中、「私はうつです」と言えば、周囲は必ず気遣うでしょう。 しかし、果たしてそれでいいのか・・・。 うつ病に苦しんでいて、この文章を読んで気分を害された方がいましたら、本当に申し訳ありません。 うつ病って要は、本人の怠惰さからきているものではないんですか? 怠けたい・・・面倒くさい・・・「病気」と言うより、「甘え」という感じがします。 誰だって、仕事は休みたいと思うものです。 うつ病と本人が主張すれば、仕事も休め、周囲も気遣ってくれるわけです。 作りやすい逃げ道にも思えます。 うつを主張している方々にも本当に重篤な心の病として苦しんでいる方がいるというのは理解できます。 こんなことを書けば、病気の本人や、そういった方々のケアにあたっている方々にとても失礼だとも自覚し... A ベストアンサー ウィキペディアには有志の方々が、こうまとめています。 (一部抜粋) うつ病(うつびょう、鬱病、欝病)とは、気分障害の一種であり、抑うつ気分や不安・焦燥、精神活動の低下、食欲低下、不眠などを特徴とする精神疾患である。 うつ病は、従来「こころの病気」とされてきたが、最近の研究では「脳の病気」ととらえ、うつ病患者の脳内に不足している脳内物質(ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニンなど)の分泌を促進させる薬物療法などが主流になってきている。 成因 うつ病の成因論には、生物学的仮説と心理的仮説がある。 ただいずれの成因論もすべてのうつ病の成因を統一的に明らかにするものではなく、学問的には、なお明確な結論は得られていない。 また治療にあたっては、疾患の成因は必ずしも重要なものではない。 スキーで骨折したのか、階段から落ちて骨折したのかによって、治療が変わるものでもない。 治療場面では、なぜうつ病になったかという問いよりも、今できることは何かを問うべきである。 この意味で、成因論は、学問的関心事ではあるが、臨床場面での有用性は限定的である。 等、丁寧にまとめてあります。 只、うつ状態であれば(それだけではないですが)、思考すること自体がきついと思う思われるので、出来るだけ分かりやすい言葉で、簡単に書きます。 定番の説明で行くと、 ・真面目なLVが高い程なりやすいとか、 ・責任感が強い人 ・追求型人間 とか有りますね。 大まかに捉えると、妥協しないタイプがなりやすいそうです。 たしかに、言葉は悪いですが、ノーテンキな人や、自己中心の人は 少ないです。 1 に関しては、そのままです。 2 は、食事のバランスが悪いとか、見落としがちな所が発端ということがあります。 3 これは、日光に当たらないとか有る程度の生活リズムがずれるとかで、体内時計が狂うとか、体調が狂うとか。 (短時間で作れて、食べ易いもの) 連鎖するからです。 仕事柄、自殺者を見てきましたが、食事が変な人生を送ってきた方が多いです。 変なこだわりとか、変な知識とか・・・情報過多の弊害です。 本当の意味で、安全で正しい食材による食事は、脳のエネルギー源です。 食事無しに、自分で作ることは出来ないのです。 日頃の習慣の、カフェインの多い炭酸飲料を、オレンジジュースに変えただけで、刑務所内の態度や、再犯率が減った。 (非難しているのではないです。 ) 何が、どう作用するのか、人間は2007年現在、有る程度こういう原因だろうと推測又は、解明されているものも有ると言う良い例です。 こういった身近な例も糸口になるかもしれません。 2007年現在、鬱に関しても、大分解明されてきています。 そして、何より大事なのは、皆さんも書き込んで下さっているように、一人で思い詰めるのではなく、診察に行く事が何よりも大事な事だと思います。 私が若い頃、世間は変な目で差別する時代でした。 あの頃の私は、間違い無く欝でした。 死ぬほど苦しかったのを覚えています。 色んな友人や恋人と離れ、その期間の人生をかなりロスしました。 ネットや、医学書等、今に至るまで、少しずつ勉強して、家族に迷惑がかかるからと、病院に通わせてもらえなかった為、苦しみの中、少ない力を振り絞って、生きていた時期があります。 貴方には万が一でも、そうなって欲しくは有りません。 今はそうでなくても、なる可能性だって有る訳ですから。 「欝は、風邪を引いたのと同じ感覚で、行きましょう。 必ず治る脳の病気です。 原因は色々有れど、ひとつではない場合もあるし、誤診だってあるでしょう。 でも、もやもやした状態のままというのは、凄く危険な事です。 一度良さそうな病院を調べて行って、胸を張って行く事をお勧めします。 どういう結果が出ても、貴方の行動は人生を前進する為の一歩ですから、これだけでも、実は重要な事ですよね。 仮に鬱でも、今は治る病気として、常識化しています。 繰り返しますが、不明なもやもやは専門家へ。 (鬱を悪用する人、医者は確かにいますし、実際、最近院長が逮捕されましたよね。 人は人です。 気にしないことです。 ) どんな結果であれ、忙しくとも少しの時間でも、ゆっくりリラックスで生きて行けるといいですね。 (一部抜粋) うつ病(うつびょう、鬱病、欝病)とは、気分障害の一種であり、抑うつ気分や不安・焦燥、精神活動の低下、食欲低下、不眠などを特徴とする精神疾患である。 うつ病は、従来「こころの病気」とされてきたが、最近の研究では「脳の病気」ととらえ、うつ病患者の脳内に不足している脳内物質(ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニンなど)の分泌を促進させる薬物療法などが主流になってきている。 成因 うつ病の成因論には、生物学...
次の加藤君、 僕はいよいよ自殺することにした。 この場合自殺が僕にとって唯一の道であるからである。 断って置くが、僕は決して、最近死んだ某文士を模倣するのではない。 世間の人は二つの自殺が相前後して発生すると、後の例を前の例の模倣であると 見做 ( みな )そうとする。 しかし、これほど馬鹿げた話はない。 そんな風にいうならば、世の中のすべての出来事は模倣でなくて何であろう。 が、僕はいま、このような理窟をいっている場合ではない。 けれども、僕の自殺の動機だけは、僕の最も親しい君に告げて置きたいと思う。 物事を深く考えたがる連中は、さもさも自殺者の心理が他人の推測をゆるさぬような複雑なものであるようにいうけれど、少くとも僕の場合は、決して複雑なものではない。 複雑などころか、簡単過ぎる程簡単なものである。 又、自殺者は、多くは何のために自殺するものであるかを知らないというものもある。 然 ( しか )し、僕は僕が何のために死ぬかということを、はっきり知って居るつもりだ。 それのみか、僕が何のために死ぬかということを、君も恐らく、僕と同じようにはっきり知っているであろうと思う。 して見れば、何もわざわざこの手記をしたためる必要はない訳であるが、いざ自殺するとなったら、僕も旧友へ手記を送りたくなったのだ。 この点は、某文士を模倣したといわれても僕は決して不服ではない。 加藤君、 いうまでもなく、僕の自殺の動機は失恋だ。 失恋が僕の自殺の動機の全部だ。 決して動機に至る道程を示しているだけではない。 失恋しなければ僕は自殺しない。 失恋したから僕は自殺するのだ。 誰がどんなに解釈しようが僕の自殺の動機を失恋以外のものにもって行くことは出来ないのだ。 このことは、僕に対して 得恋者 ( とくれんしゃ )たる君にもはっきりわかることであろうと思う。 ただ得恋者は、何ゆえに失恋者が自殺する気になるかという、その心持ちをはっきり理解し得ないと思う。 失恋したら自分も自殺するかも知れぬとは誰でも考えることだが、一方において、なにも自殺するにはおよばぬとも考えるであろう。 して見ると自殺を決心したものの心持ちは、自殺を決心しないものには到底理解し 能 ( あた )わぬものだといえる。 まったく自殺を決心したものの心持ちは、自殺者のみの知るところであって、世の自殺者はこの点に 大 ( おおい )に誇りを感じてしかるべきであろう。 いよいよ自殺を決心した以上、今更、未練がましい言葉をつらねるのも気恥かしいが、思えば、君と僕とは何という 奇 ( く )しき運命のもとに置かれたのであろう。 すでにその姓が同じ「加藤」であるということ、又同じ年に生れたということからして、不思議といえば不思議だが、しかも、同じ環境に育てられ、同じく医学を修め、その上、同じく 恒子 ( つねこ )さんに恋をするというのは、むしろ呪われた運命であるといってよい。 二人の男が一人の女を恋する。 それはもう、 劫初 ( ごうしょ )以来、人類の世界に、無数に繰返された悲劇である。 そうして恋の敗北者が底知れぬ苦悩の淵につき落され、そのために死を選ぶに至ることも、同じく無数に繰返された 喜劇である。 君よ、僕はあえて喜劇という文字を使った。 何となれば恋の勝利者から見れば、それは喜劇というより外にいいあらわし難い状態であるからだ。 いずれにしても僕は、この喜劇を演じようと決心したのだ。 そうして、僕が自殺を決心するまでには、決して二年も一年も半年も半ヶ月も要しなかったのだ。 君と恒子さんとが接吻したのを僕が見たのは実に昨日の晩である。 僕は昨日の昼まで恒子さんは自分のものと信じていたのだ。 だから、僕は君たちの抱擁を見た瞬間に自殺を決心したのだ。 それはもはやいかなる反省も妥協も許さないのだ。 もし、 聊 ( いささ )かの反省と妥協とを許したならば必ずそこに不安が生ずる。 それこそ名状し難い不安が生ずる。 それはいわゆるぼんやりした不安だ。 そうしてその不安のために、自殺を行うに至るまで、いたずらに月日が経過する筈だ。 然し僕の場合には、反省の余地も妥協の余地もないのだ。 だから、僕はまっしぐらに自殺決行につき進もうとしたのだ。 然らば君は問うであろう。 何故に僕が、昨日の晩、すぐさま自殺を決行しなかったかと。 いかにも、この質問に対しては、僕も明瞭な返答をなし得ないのを悲しむ。 けれども、僕が自殺を決心した次ぎの瞬間、自殺方法について、考えをめぐらせるだけの余裕をもったことは事実である。 いや、余裕をもったというよりも考えることを余儀なくされたといった方が適当であろう。 僕は昨日の晩まで、自殺すべき事情が発生するとは夢にも思わなかったのだ。 だから、君たちの接吻を見た瞬間に自殺を決心しても、そのとき、ナイフを以って居るでなし、毒薬を携えているでなし、すぐさま自殺を決行するだけの条件がととのって居なかったのだ。 だから、当然、いかなる方法をもって死ぬべきかに考え及んだのである。 さて、いよいよ自殺方法を考えるとなると、不思議なもので、 おいそれと決定することは出来ぬものだ。 もしあの時、身辺に日本刀があったならば、僕は何の躊躇もなくその鞘を払って頸動脈を切ったであろう。 もし又、窓の前が千 仞 ( じん )の谷になって居たならば、有無をいわず、この身を投げたであろう。 然るに、一旦、どの方法を選ぶかということになると、もはや、日本刀の鞘を払う気にもなれなければ、千仞の谷に近よることもいやになった。 共に苦痛を伴うからである。 だから、僕は苦しまずに死ねる方法を考えたのだ。 苦しまずに死ねる一ばんよい方法といえば、 縊死 ( いし )に限るということを法医学の講義できいた。 縊死の際には、頸動脈が圧迫されるので、脳への血行が遮断され、それがために何の苦痛も感じないということだ。 けれども、君も経験したことがあるだろう、息のつまるときの感じを。 あの厭な感じが、きっと縊死には伴うだろうと僕は思うのだ。 それが僕には何としても堪えられないのだ。 僕は別に縊死に対して美的嫌悪を感じない。 それは決して美しい姿ではないが、どんな方法で死んだところが、死の姿はさほど美しいものではないのだ。 だから、特に縊死を醜いとも思わぬが、縊死する瞬間に起こるであろう苦しい感じ、いわば生き埋めの時に起こるであろうところの恐ろしさ、かの精神分析学者のいわゆる、子宮内にとじこめられて居たときに得た恐怖その恐怖感の起こるのが、如何にも忍び得ないのだ。 実際には或はそのような恐怖は起こらないかも知れない。 けれども、起こるであろうと想像されるのが厭で厭でならぬのだ。 だから、僕は縊死はやめた。 又、 創傷 ( そうしょう )を造って死ぬのは痛いから厭だ。 で、僕は毒薬死を選ぶことに決したのである。 しかし同じ毒薬でもはげしい症状を伴うものは好ましくない。 又味の悪いのも面白くない。 亜砒酸は無味であるけれども、劇烈な胃腸症状の起こるのは何としても不愉快である。 又青酸は瞬間的に死を起こすといわれておるが延髄の呼吸中枢を冒して窒息を起こさせるのだから、僕にはやはり縊死と同じように恐ろしいのだ。 で、結局は、愉快に眠って、眠ったまま、いつとはなしに死んで行ける催眠剤の種類が僕にとっては一ばん好都合なのである。 同じ催眠剤のうちでも、味の苦いのは御免だ。 また多量に服用しなければならぬものも御断りしたい。 これは君も知っているとおり、味もなければ臭気もなく、又極めて水に溶解し易く、かつ〇・二グラムという少量で二十貫の体重の人を殺すことが出来るのだ。 それにこの新薬はその作用が、服用後一時間にあらわれ、しかも服用後五分間には血中に吸収されるのであるから、モルヒネやその他の薬剤とちがって、服用五分後に胃を洗滌しても、最早その人を救うことが出来ないのだ。 まったく僕のような感情を持ったものが自殺するには屈竟な毒であるといってよい。 その点には何等の考慮を費さずに死ねるのだ。 いかにも、今この手記を 認 ( したた )めて居るのは午前五時であるから、約五時間ほどの時間が空費されたのだ。 然し、それは決して空費されたのではなく、その間に極めて重大なことが計画されたのだ。 すると僕は意外なことを発見した。 即ち、たとい一旦死を覚悟しても、いつの間にか生に対する執着が心の中で頭をもたげていることに気づいたのだ。 もし僕が、自殺を決心した直後に死んでいたらば、生に対する執着などは起こりそうにないが、自殺の方法を考えて居る五時間のあいだに、自分では他事を考える余地はないと思っていたにかかわらず、入道雲のように生の執着が心の一方に 蟠 ( わだかま )って居ることに気づいたのだ。 それから後の一二時間というものは自殺の決心と生に対する執着とが猛烈に僕の頭の中で戦ったよ。 僕は一時どうなることかと気が気でなかった。 僕は或は発狂するのでないかと思った。 しかし幸に発狂することなしに、解決の道を見出したのだ。 即ち、この生の執着に打勝って自殺するには、そこにスプリングボールドとなるものがあればよいということに気がついたのだ。 君は恐らく、生の執着が頭をもたげたら、それに従って自殺を思いとどまったらよいではないかというであろうが、それは反省と妥協の余地のある自殺に限るので、僕のような場合にはただ生の執着に打勝つ方法が問題となるだけだ。 スプリングボールドはいうまでもなく死の道づれだ。 死の道づれといえば、普通は、こちらの心に同情して死んでくれる者をいうのだ。 けれども、不幸にして、僕にはそのような人を見つけることが出来ぬのだ。 といって、スプリングボールドがなくては、とても死ねなくなって来たのだ。 そこで僕は 大 ( おおい )に考えたよ。 大に 焦燥 ( あせ )ったよ。 その結果、スプリングボールドとするには、あながち先方の同意を得なくっても、換言すれば、先方の意志にさからってでも、なし 得 ( う )るものだということがわかったのだ。 そうして、先方の意志にさからって道づれとする際には、一人自殺するよりも二人自殺する方が、二人自殺するよりも三人自殺する方が、遥に容易であることを知ったよ。 この場合、「容易」というのは、手段の容易というよりも、心の「容易」を意味して居るのだ。 さて然らばいかなる人を、先方の意志にさからって道づれとするか。 それについて僕は色々考えた結果、加藤君、君を道づれにしようと思ったのだ。 加藤君、 さぞ君は驚くだろう。 然し、恋の勝利者を恋の敗北者が死の道づれにしようとするのだといえば、それは、別に不思議な現象でないことを君はよく知って居るであろう。 君、しまいまで、読んでくれよ。 君が今、顔色をかえ、手を顫わせて読んで居ることを、僕はよく知って居る。 然し、折角僕が、この世の最後にしたためる手記だ。 どうか、終りまで読んでくれ。 僕は今二人自殺するよりも三人自殺する方が容易だといった。 そうだ。 僕は君を道づれとすると同時に、恒子さんをも道づれとすることにしたのだ。 こういうと、定めし、君は、いかなる方法で、僕が、君たち二人を僕の道づれにするかを怪しむであろう。 ところが、それは極めて、わけのないことだ。 今日の正午に、僕たち三人は、いつもの如く平和に食事をする。 今日は一日で休業日だからほかの使用人は一人も居ない。 君たちはまさか、僕が、君たちの抱擁をひそかに見たとは思わないであろうから、僕がこのような心をいだいて居ることに少しも気づかぬであろう。 そうして、君が食事をしてしまってから約三十分ほど過ぎて、この手記を渡すのだ。 君たちが昏睡に 落 ( おちい )ると、僕は君と恒子さんとをならばせ、それから、僕は恒子さんのわきに横になろうと思う。 そうすれば僕と君とは恒子さんをはさんで死ぬことになるのだ。 加藤君、 このあたりの文句は、ことによると、君の眼には触れぬと思う。 思えば、君と僕とは、同じ病院を経営してこれまで、何の波瀾もなく暮して来た。 だから、僕たちが三人一しょに死んだら、さだめし世間の人たちは驚くであろう。 もとより、この手記を見れば、何のために、僕たちが死んだかはすぐわかる。 けれども、ここに、たった一つだけ、永久にわからぬ事情が残るであろう。 というのは、この手記を書いたのが、外科の加藤か、内科の加藤かということである。 それほど僕たち二人の筆跡はよく似ている、というよりも全く同じだといってよいからだ。 これが、せめてもの、失恋者たる僕の慰めだ。 思うに、君と僕とは、全く運命を共にすべくこの世に生れて来たといってよい。 何となれば、僕たちは、世にもよく似た双生児だから。
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