か ささ ぎの 渡せる 橋。 【百人一首】6番歌「かささぎの 渡せる橋に おく霜の しろきを見れば 夜ぞふけにける」の意味などを解説!

大伴家持 かささぎの渡せる橋に置く霜の

か ささ ぎの 渡せる 橋

「冬の夜、天の川にかささぎが掛けた橋におりた霜が真っ白になっているのを見ていると、夜もすっかり更けてしまったよ。 」 といった感じです。 七夕には、かささぎが翼を並べて天の川に橋を渡し、彦星を渡らせると言われています。 大伴家持の作った一首ですね。 上の方の質問をうけて すみません私の言葉が足りませんでした。 この天の川は七夕の天の川ではなく、冬(現代でしたら秋)の空にさえる天の川をさします。 せっかくなのでもう一つ付け加えると、上記の説が有力ではありますが、宮中の階段を鵲橋(じゃっきょう)とよぶことから、 (鵲で「かささぎ」と読みます)冬に宮中に宿直して作ったとする説もあります。 親切なご指摘どうもありがとうございました。 先の回答者さんに質問。 七夕は冬ですか。 秋ではないのですか。 百人一首だから、作者は大伴家持となっているぐらいにしておくべきですね。 万葉集にはありませんから、家持が本当に作ったのではなく、そう言い伝えられている、ということでしょう。 秋の夜でも霜は降りるでしょうが、七夕の夜に霜を連想するのは、ちょっと異常な気もします。 もう少し調べてみます。 百人一首といってもそうとう難解なものがありますね。 私も今日大岡信の鑑賞文を読んできたのですが、なかなか複雑でぴんと来ません。 もとは新古今集にあるそうですが、さすがに新古今は難解です。 この歌は明らかに冬の歌です。 オリオン座のかがやくころの冬空の天の川を見て、あああれは7月7日にかささぎが渡した橋なのだなあと時間をさかのぼり、現実の冬との交錯に、時間というものの面白味を感じているのでしょう。 そういう時間の感覚はなかなか詩的なのですが、私としては、橋がかかりっぱなしでは、牽牛織女さんも1年に1回ではなくて、毎週1回ぐらいは愛の交歓が出来るではないかと思ったりします。 宮中の渡り廊下のような橋のことだというのは確かに一つの説のようですね。 しかしそれが断定できない所が、この歌の難解な所でもあり、また和歌あるいは詩というものの、鑑賞の多様性とでも言うのでしょう。

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「かささぎ」

か ささ ぎの 渡せる 橋

「冬の夜、天の川にかささぎが掛けた橋におりた霜が真っ白になっているのを見ていると、夜もすっかり更けてしまったよ。 」 といった感じです。 七夕には、かささぎが翼を並べて天の川に橋を渡し、彦星を渡らせると言われています。 大伴家持の作った一首ですね。 上の方の質問をうけて すみません私の言葉が足りませんでした。 この天の川は七夕の天の川ではなく、冬(現代でしたら秋)の空にさえる天の川をさします。 せっかくなのでもう一つ付け加えると、上記の説が有力ではありますが、宮中の階段を鵲橋(じゃっきょう)とよぶことから、 (鵲で「かささぎ」と読みます)冬に宮中に宿直して作ったとする説もあります。 親切なご指摘どうもありがとうございました。 先の回答者さんに質問。 七夕は冬ですか。 秋ではないのですか。 百人一首だから、作者は大伴家持となっているぐらいにしておくべきですね。 万葉集にはありませんから、家持が本当に作ったのではなく、そう言い伝えられている、ということでしょう。 秋の夜でも霜は降りるでしょうが、七夕の夜に霜を連想するのは、ちょっと異常な気もします。 もう少し調べてみます。 百人一首といってもそうとう難解なものがありますね。 私も今日大岡信の鑑賞文を読んできたのですが、なかなか複雑でぴんと来ません。 もとは新古今集にあるそうですが、さすがに新古今は難解です。 この歌は明らかに冬の歌です。 オリオン座のかがやくころの冬空の天の川を見て、あああれは7月7日にかささぎが渡した橋なのだなあと時間をさかのぼり、現実の冬との交錯に、時間というものの面白味を感じているのでしょう。 そういう時間の感覚はなかなか詩的なのですが、私としては、橋がかかりっぱなしでは、牽牛織女さんも1年に1回ではなくて、毎週1回ぐらいは愛の交歓が出来るではないかと思ったりします。 宮中の渡り廊下のような橋のことだというのは確かに一つの説のようですね。 しかしそれが断定できない所が、この歌の難解な所でもあり、また和歌あるいは詩というものの、鑑賞の多様性とでも言うのでしょう。

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ちょっと差がつく百人一首講座

か ささ ぎの 渡せる 橋

身を切るような冬の夜の冷たさの中に、家持は一人たたずんでいた。 吐く息は白く、宮中の階段のそこここにも霜が白くおりている。 見上げれば、空には天の川が輝いていた。 中国の伝説では、七夕の夜、かささぎがその翼を広げ天の川に橋をかけるのだという。 牽牛と織女の、年に一度の逢瀬を守る為に。 その血は、時として彼の中にある繊細な感受性をくだらぬものとして責めたてた。 柿本人麻呂、山部赤人といった有名な歌人の歌。 詠み人知らずとされる名も無き民の歌。 天皇、皇子など、高貴な人の歌。 東国から遠く九州に向かった防人の歌。 すべてが美しく、その人の生きた証としての力強さがあった。 これらを失わせてはならない。 この先、どのような世になろうとも。 たとえ卑怯者と呼ばれ続けようとも、自分にはまだなすべきことがある。 その想いが、今の家持を支えていた。 身震いをひとつして、彼は家路へと急いだ。 冬の夜は、まだ、深い。 自分のブログを紹介するのは違反との事だが、過去に検証したので紹介する。 結論としては万葉集になく家持家集といういい加減なものの中にしか無い。 七夕と鵲は、藤原不比等時代には伝わっている。 「かささぎ」と「かたそぎ」は他の歌でも平安中期には区別が出来ていない。 かたそぎの渡せる端に置く霜の とも読んでもおかしく無い。 和歌の例で鵲は、菅原道真以降。 詩歌と気象 天の霜 家持の場合1 詩歌と気象 天の霜 家持の場合2 詩歌と気象 天の霜 家持の場合3 詩歌と気象 天の霜 家持の場合4 詩歌と気象 天の霜 家持の場合5 詩歌と気象 天の霜 家持の場合6 詩歌と気象 天の霜 家持の場合 追補 詩歌と気象 天の霜 追補2.

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